Liner Notes

  "航海者"もしくは"冒険的航海者"という意味を持つ『VOYAGER』という言葉から、あなたはどんなイメージを想像するだろう? 宇宙の探索を続けるアメリカの無人探査機の名前? あるいは米国のSFテレビドラマ『スタートレック』の第4シリーズ?楽器に詳しい方なら、モーグ・シンセサイザーを発明したロバート・モーグ博士の遺作であるシンセサイザー「Minimoog Voyager」を思い浮かべるかもしれない。いずれにしても、その言葉は、未知なる何かが挑戦的に切り開かれるイメージを映し出す。そして、3人体勢のフジファブリックも前作『STAR』から1年半ぶりの新作アルバム『VOYAGER』で新たな音楽航海の冒険を始めようとしている。
「『VOYAGER』というタイトルに表れているように、試行錯誤を続けて、何かを探しながら進んでいるという意味では以前と変わりはないんです。ただ、ライヴも曲作りもやりたいことの焦点を絞りながら、活動出来るようになってきたのが昨年以降のフジファブリックなんだと思います」(山内総一郎)
スピーカーやヘッドフォンからまっすぐ脳内の気持ちいいところに届くポップ感覚。その表裏一体にあって、曲を記憶に強く焼き付ける音と言葉の奇妙なねじれ。そうした両極を行き来することで、独自の個性を育んできたフジファブリックは『STAR』以降、山内がヴォーカル、そして3人のメンバー全員がソングライティングを務めるという新体勢の均衡を模索してきた。
そして、2011年、3人体勢での初めてのツアー「ホシデサルトパレードTOUR 2011」で手応えをつかんだ彼らは、「徒然モノクローム」や「流線形」、「Small World」といった後のシングル曲を皮切りに、新作アルバムに向けたレコーディングを開始した。さらに、その作業にも参加した54-71のBOBOをサポート・ドラマーに招集。2012年6月から全国24カ所のライヴハウスを回った「徒然流線TOUR」や全国各地の夏フェス、11月から12月にかけて行った「Light Flight」ツアーの最中に、彼らは新たな曲を書き、録音作業を続けた。エンジニアは、2004年のシングル「陽炎」を皮切りに、『TEENAGER』、『MUSIC』、『STAR』といった作品を手掛けてきた高山徹。バンドとの強い信頼関係から、時としてアレンジにも関与する彼を交えた現場は、昼夜フル回転でフジファブリックの音楽探究を記録し、その成果は濃厚な全12曲からなる新作アルバム『VOYAGER』へと余すところなく注ぎ込まれている。
本作でとりわけ耳を惹きつけるのは、映像や照明を交えた「Light Flight」ツアーの未来的なパフォーマンスにも示唆されていた"モダナイズされたスペーシーなポップ感"。そして、作品を通じて浮かび上がる3人のソングライターの個性とその化学反応だ。3枚のシングル「徒然モノクローム/流線形」、「Light Flight」と「Small World」に加えて、それらは、聴き手に数限りない共感や発見の瞬間をもたらすことだろう。
「ツアーをやりながら曲を作ったことでライヴ向きなもの、高揚感のあるものが多いですよね。あと、個人的に、以前は自分が生まれた時代ということで避けていた80年代の音楽も、シンセサイザーがアナログからデジタルに、単音が和音になった時代の直感的なインスピレーションを、80年代リヴァイヴァルってことではなく、今の音楽に変換したかったんですよね」(金澤ダイスケ)
「BOBOさんのドラムと僕のベースの新たなコンビネーションから生まれるグルーヴがバンドの新たな形につながりましたね。以前よりも広がった音の間をどう活かすか。昔の曲も新曲も再構築して、総くんとダイちゃんに存分に暴れてもらうべく、その作業は今も続いているんですけどね」(加藤慎一)
山内総一郎が狙いすましたように精緻な曲を放てば、加藤慎一は柔らかで穏やかななかにも毒を含んだ曲をふわりと漂わせ、金澤ダイスケは予想不可能でプログレッシヴな驚きを喚起する。そして、3つの個性のせめぎ合いが誘発したビッグバンから生まれた超新星こそが、未体験の響きに満ちた本作『VOYAGER』の正体だ。
「なにごともチャレンジすることで、見えてくるものがある。そして、何かが見えることで、それまでの試行錯誤も報われるし、苦労も吹き飛ぶんですよ。ただ、このアルバムは一回だけ何かを探しに行った作品ではないので、今後も『VOYAGER』は続いていくんですけどね」(山内総一郎)

text by 小野田雄

楽曲解説

アルバム収録曲についてのエピソードなど、毎週3曲ずつスタッフが紹介していきます。
01

徒然モノクローム(フジテレビ "ノイタミナ" アニメ「つり球」オープニング・テーマ)

2012年4月~6月、フジテレビ"ノイタミナ"枠ほかでオンエアされたTVアニメ「つり球」オープニング・テーマとして書き下ろされた、この体制になって初の記念すべきシングル曲。原作のないオリジナル作品だったため、かなり初期段階の企画書とコンテを元に曲のイメージをふくらませていったのですが、そこに描かれていた登場人物のキャラ設定(※初期段階)が偶然とは思えないほどメンバーそれぞれに近いものがあり、他人とは思えない親近感を感じながら曲を形にしていきました。何曲か提出したデモの中で一番変化球の曲が選ばれた、という印象でしたが、「つり球」のちょっと不思議な青春ストーリーとバッチリシンクロする結果となったのでは? サビの歌詞にメインキャラクター4人の名前を潜ませる、というのは加藤さんお得意の言葉遊び。オープニング感をとにかく意識して作った曲なので、アルバムのオープニングとしてもふさわしいのでは、ということで1曲目に抜擢されました。思えば『VOYAGER』制作の第一歩もこの曲から。すべての始まりを象徴する曲です。
02

自分勝手エモーション

2012年秋のZeppツアー「Light Flight」本編にて、「新曲が出来ました」と初披露された楽曲。当時はまだタイトルが決まっていませんでした。シングル「Small World」初回生産限定盤に付いているドキュメントDVDにこの曲のプリプロ風景がちらりと出て来ますが、去年の春あたりに総君が持って来たデモを「徒然流線TOUR」の合間に練り上げ、「Light Flight」ツアーの直前にレコーディング、出来たてほやほやの状態でいち早くお届けした曲です。当時'80sものにはまっていた総君が、強烈なリフのイントロで始まる曲をイメージして作ったというデモをBOBOさん含むバンド全員で再構築し、'80s POP&歌謡フレイバーを漂わせつつもフジファブリック風としか言いようのないヘンテコな世界を作り上げました。散りばめられたリフのインパクトだけでなく、サビのせつないメロディーを引き立たせるシンセストリングスもこの曲の隠し味となっています。
03

Magic

今回のアルバムの曲は、各シングルセッションに向けての楽曲制作がベースになっていたため、ほとんどが去年の春~初夏迄に原型が出来ていたのですが、この曲はアルバムレコーディング直前のデモ聴き会から採用された最も新しいナンバー。全体のバランスを見て、「16ビートの曲が欲しくなって」総君が持って来た曲です。ファンタジックなキラキラPOPサウンドにのせて、ティーンエイジャー的ドキドキ、ワクワク感を詰め込んだ歌詞が印象的な曲なのですが、そこは加藤さん、ユニークな韻を踏んだキラーフレーズがあちこちに仕込まれております。BOBOさんの軽快なコンガや、スタジオにいたスタッフ全員も参加してのコーラスパートなど、思わず一緒に歌ったり踊ったり手を叩いたりしたくなるような楽しい仕上がりとなりました。今からライブでの反響が楽しみな曲です。
04

Time

シングル「Small World」カップリングにも収録されている、ダイちゃんらしい美しいメロディーの曲。インタビューでこの曲のことを聞かれると、「とにかく時間がかかりました」とばかり申し訳なさそうに繰り返すダイちゃんですが、軸となるメロディーは早い段階からあったものの、アレンジや曲の世界観のイメージがどこにあるのかを探し出すのに皆で何度も試行錯誤を重ねた楽曲です。果たして何バージョンあったのか?最終的にはミニマルなフレーズの反復が土台となった今の形に辿り着き、ありふれた日常の繰り返しを象徴するようなギターと鍵盤のループ感が印象的な仕上がりとなりました。
05

Upside Down

こちらもダイちゃん作ながら、「Time」とはガラリと違う曲調。激しく叩きつけるようなパーカッシブなピアノが全編を貫き、重厚なビート、骨太なベースライン、疾走感を煽るギターフレーズ、クールで時に不穏なメロディー、挑発的な言葉がカオティックに一体化して嵐のように駆け抜けていきます。例えるならば、まるで夜の首都高を走り抜ける車のデッドヒートのよう。『STAR』制作時に原型があったモチーフを、今回のアルバムに向けて再構築し、新たな曲として完成させました。歌詞も意味よりあえてサウンド感を重視して、ダイちゃんの新たな世界が炸裂しております!
06

透明

総君の詞曲による、まるで水彩画のような究極のシンプルの結晶。すべてワンコードで構成する、というサブテーマに基づき、心地よいループ感に裏打ちされて、澄んだ朝の空気を想起させる清々しい曲調が淡々と展開していきます。元々仮歌にも入っていた「透明」という言葉がそのままタイトルになり、全体の軸にもなっていったという曲です。ベースの単音の反復が延々と続くイントロは、加藤さんの圧倒的な集中力の賜物。旅の途中にある自分達の気持ちを表したという歌詞は、アルバムタイトル『VOYAGER』ともリンクするものがあります。
07

こんなときは

「アイランド」、「JOY」に続き、加藤さんが詞曲を手掛けております。これぞ加藤慎一ワールド!ともいうべき独特な空気感が立ち込めております。ほっこりと温かみのあるフォーキーなサウンドに乗せて、すこしビターな本音を込めたリアルな言葉が綴られていくのですが、何といっても「もうこんなときは寝るに限る」というのがこの曲をキラーチューンたらしめているところ。思うようにいかないことがあったときは、是非この曲を聴いて、一緒に♪寝る~♪と口ずさんでみてはいかがでしょうか?途中の意外な転調も、何だかクセになります。
08

Small World(読売テレビ・日本テレビ系TVアニメ「宇宙兄弟」オープニングテーマ)

2011年の暮れ、「ホシデサルトパレードTOUR」の直後のデモ聴き会に総君が持ってきたワンコーラスのデモがこの曲の原型でした。タイミングがあったら形にしたいと思っていたところ、TVアニメ「宇宙兄弟」オープニングテーマの話があり、そのイメージをふまえて一気に作品として完成させた曲です。元々原作コミックを読んでいた加藤さん、1日で全巻を読破したという総君をきっかけにチーム・フジファブリックに「宇宙兄弟」ブームが訪れ、”Light Flight”ツアーでは楽屋に全巻常備されておりました。空にズンズンのぼっていくような、力強く突き進むビートと広がっていくメロディーがとにかく印象的です。オープニング用の89秒サイズを作っている時、YouTubeにある過去のオープニング映像と音を合わせてみて、ロケットが空へ突き抜けるイメージを確認しながら構成を考えたりもしました。ちなみにアルバムでは、前曲「こんなときは」のエンディングからのスペイシーな流れも聴きどころのひとつです。
09

Fire

アルバム中最も異端な曲がこの「Fire」ではないでしょうか?なんせ総君はギターを弾いておりません。ベース以外のすべての楽器とプログラミングを作曲者のダイちゃん自ら手掛けています(プログラミングはエンジニアの高山さんと共同)。ドラムはBOBOさんに叩いてもらった素材を元に打ち込んでいるので、メカBOBOさんのような状態とでも言いましょうか…元々、ダイちゃんが「個人的に趣味で」作っているエレクトロやテクノ的な曲のモチーフをデモ聴き会に持ってきたら、面白いね!アルバム用にやってみようという流れになり、そこから長い長いフジファブリック探検隊の旅が始まりました。デモのままをフジファブリックでやるのはどうなんだろう?という話から、バンドに寄せるべく上モノの生楽器を増やして、高山さんに曲中でリズム・パターンが変わっていくプログラミングを加えていただきました。出来上がった曲はエレクトロでもテクノでもないし、「なんと形容していいのか(笑)」とダイちゃん。しかし、どことなく「和」な雰囲気を彷彿させるメロディーライン、ムーグやオルガンといった音色の選び方、次々に展開していく複雑な曲構成、サウンドにも意味を持たせたかのような摩訶不思議な歌詞など、結果的にフジファブリックらしいユニークな作品に仕上がっているのは面白い限りです。
10

流線形(ポッキーチョコレート スペースシャワーTVバージョンCFソング)

「徒然モノクローム」とのW表題でシングルリリースされた、ポッキーチョコレート スペースシャワーTVバージョンCFソング(2012年4月~6月)。「無限回廊」をテーマにしたスミス監督によるMUSIC VIDEOと、斉藤和義さん所縁の真っ赤なポッキーギターを使用したコラボCMも話題になりました。サビにさりげなく織り込まれたソラミミ系言葉遊びは、実はスペシャ側からのリクエストによるもの。サラサラと書いてきた加藤さん、さすがです!
11

春の雪

「透明」に続く、総君詞曲による叙情的なナンバー。切り貼りしたアコースティック・ギターのきらきらした音色やリズムボックスの穏やかなループ空間に、やさしいピアノやチェロを加えることで、ひんやりしたループの温度と演奏のあたたかみをお互い引き立たせようと意識したそうです。間奏の部分は、ひとり多重録音したコーラスをディレイで飛ばすことで、雪が舞っているようなイメージにつながり、そこから「春の雪」というこの曲の設定が生まれました。チェロで参加しているのは、総君がはじめて組んだバンドのメンバーだったという「うっちー」こと内田佳宏さん。久々の再会を楽しみながら、和やかなレコーディングとなりました。
12

Light Flight(Album Version)

曲順を決めるときにメンバー、スタッフ皆で案を持ち寄るのですが、ほぼ全員最後に持ってきたのがこの「Light Flight」。昨年10月発売のシングル曲ですが、アルバムの最後の曲として聴くとまた違う聞こえ方がしてきます。総君の希望で、壮大ではなく柔らかい雰囲気のホーンを入れたい、ということでユーフォニウムやフリューゲルホーンを主体としたホーンアレンジを権藤知彦さんにお願いしたのですが、そのアウトロのソロがあまりにも完璧で、フェイドアウトにせずに最後まで完奏させたのでした。アルバムバージョンには、イントロに総君が弾いたピアノオルガンのプレイノイズが加えられています。